・1946(昭和21)
5月、疎開先の高槻から道頓堀の楽器店跡に建てられた6畳と3畳二間のバラックに戻る。以後、バラックと通りの間によしず張りの縁台2台を並べ、一家総出でかき氷屋を開業。あわせて、クリを焼いて売ったり、寒天を売ったりした。9月半ば、今井5代目、寛三の決断で、うどんとそば中心の店を開業することとし、通りに面した部分を店舗にし、寛三手作りのあんどんに「今井」の文字を書き込んで看板とし、「御蕎麦処 今井」と名付けて10月に開業した。※1月1日、天皇人間宣言。2月、第一次大阪大空襲で焼失した四ツ橋の文楽座再建。3月、大阪市電の料金値上げ、昭和18年に10銭だったのが一挙に30銭に。5月1日、メーデー復活、同3日、極東軍事裁判開始。8月、進駐軍・大阪軍政部がやみ市閉鎖を指令、一週間後に大阪府警察部がやみ市閉鎖を決める。しかし、物資不足は解消されず、人々は着物や貴重品と交換して食料などを手に入れる「タケノコ生活」を強いられ、それは昭和24年ごろまで続いた。やみ市はなくならなかった。11月1日、「当用漢字」(1850字)と新仮名遣いを告示。同3日、日本国憲法公布(翌年5月施行)。
<この年の流行語>カストリ~、象徴、アプレ、接収、アッそう、強権発動、ご名答
・1947(昭和22)
6月ごろ、高槻市の植木屋の手で運ばれてきた柳の木が、道頓堀の「御蕎麦処 今井」の入口右側に植えられた。「バラック建てのぼろ隠し」だったのだが、川べりの道頓堀通なのに柳は珍しかったこともあって、しばらくすると周りから「宵待柳」と称され、通りの人気者になった。これまでに4度、植え替えられ、今や、道頓堀の名物でもある。
11月、「角座」再建、開場。
※2月、やみ物資の一斉取り締まりスタート。3月、教育基本法、学校教育法公布。4月、昭和16年以来の国民学校が小学校と改められ、新制の中学校も発足。同、労働基本法、地方自治法公布。5月、日本国憲法施行。7月、飲食営業緊急措置令公布即施行。これにより正常な配給によらない料理飲食店の営業をやめさせることになる。9月、大阪城内本丸の紀州御殿から出火したが、米軍に接収されていて消防車が城内に一歩も入れず、焼失。11月、第一回共同募金。
<この年の流行語>不逞の輩、裏口営業、そのものズバリ
・1948(昭和23)
1月、空襲で焼失した「中座」が木村組の手で再建。以前より小粒になったが、櫓や破風の屋根が江戸以来の風格をにじませ、客席には桟敷も残し、花道、回り舞台、定式幕もそろっていた。片岡仁左衛門や中村富十郎が初舞台を踏み、藤山寛美が松竹新喜劇上演の拠点にしたのも、再建された「中座」だった。
11月、曾我廼家喜劇を育てた曾我廼家五郎が亡くなり、そのあと、五郎劇団の主要メンバーと自然消滅状態にあった松竹家庭劇の主要メンバーが合流し、松竹の旗のもとに「松竹新喜劇」を結成。一か月後に「中座」で旗揚げ公演。
※1月20日、大阪-アメリカ間の国際電話開通。同29日、帝銀事件。4月1日、新制高校発足、大坂城公園開園。5月、海上保安庁設置。8月に大韓民国、9月に北朝鮮民主主義人民共和国成立。8月、進駐軍が大阪城から撤収。11月12日、極東国際軍事裁判の最終判決、戦犯24被告は有罪。12月23日、東条英機らA級戦犯7人の絞首刑執行。この年、美空ひばりがデビュー。
<この年の流行語>斜陽族、ノルマ、鉄のカーテン、冷たい戦争、老いらくの恋
・1949(昭和24)
この年、道頓堀にキャバレー復活。※1月、法隆寺金堂炎上。2月、浪速大(大阪府立大の前身)、大阪女子大、大阪市立大の設置認可。4月、1ドル360円の単一為替レート実施。5月、大阪大、大阪外大、大阪学芸大が新発足。7月、天神祭りの船渡御復活。同、下山事件、三鷹事件、8月には松川事件発生。10月、中華人民共和国成立。11月、湯川秀樹(京大教授)がノーベル賞(物理学賞)を日本人として初受賞。
<この年の流行語>駅弁大学、自転車操業、ワンマン、竹のカーテン、ギョッ!
・1950(昭和25)
1月、前年6月にカフェ「パウリスタ」の跡地に開店した食堂「大阪名物くいだおれ」の店先に「くいだおれ人形」が登場。1994年(平成6)の関西国際空港開港時にはオーストラリアに招かれて渡航、この時に「くいだおれ太郎」と正式に命名された。2008年(同20)、同店閉店とともに役目を終える。
6月15日、道頓堀で音楽人生をスタートさせた服部良一が作詞作曲し、OSKのスターで歌手に転じた笠置シズ子が歌う、歌詞のすべてが大阪弁というレコード「買い物ブギ」が発売される。立て板に水の歌詞と笠置の熱演で爆発的に売れ、発売枚数は45万枚に達した。2年後、笠置はこの歌で第2回NHK紅白歌合戦に初出場を果たした。
※1月、満年齢実施。4月、天王寺動物園にタイからゾウ「春子」が贈られる。同、京都府知事選で初代中小企業庁長官を辞任して出馬した蜷川虎三が当選、在任期間は7期28年。「15の春は泣かせない」をスローガンに戦後導入された「高校3原則」を堅持したことでも知られる。同、第一回ミス日本に山本富士子(京都在住)が選ばれる。6月、朝鮮戦争勃発、これによる特需で糸へん金へん景気。同、警視庁が「チャタレイ夫人の恋人」(伊藤整訳)をわいせつ文書として押収、後に伊藤らを起訴。7月、金閣寺が放火で炎上。同、レッドパージ。9月、ジェーン台風襲来、満潮時にさしかかった大阪湾では潮位が3.85mに達し、大阪市の浸水地域は全市の21%に。死者・行方不明222人、家屋全壊5120戸、同流出731戸、同半壊1035戸、床上・下浸水81705戸、災害救助法適用。
<この年の流行語>わてほんまによう言わんわ、特需、とんでもハップン、金へん・糸へん、おおミステーク、一辺倒
・1951(昭和26)※1月、NHK紅白歌合戦始まる。3月、日本初の天然色映画「カルメン故郷に帰る」が封切り。4月、500円札発行。同、連合軍最高司令官、マッカーサー元帥が解任される。9月、日米安全保障条約調印。同月、阪神ビル北側の地下道の両側に各府県の物産を展示販売する「全国銘菓名物街」がお目見え、地下道の名物となった。10月、10円硬貨(ギザ付き硬貨)発行。
<この年の流行語>老兵は死なず、ノーコメント、三等重役、社用族
・1952(昭和27)※2月、映画「羅生門」がベネチア映画祭でグランプリ。6月、麦が自由販売となり、米以外の食品はすべて自由販売となる。11月、大阪読売新聞創刊。
<この年の流行語>恐妻、見てみてみ、貧乏人は麦を食え
・1953(昭和28) ※2月にNHK、8月に民間放送(NTV)でテレビ放送開始。
<この年の流行語>八頭身、さいざんす、バッカじゃなかろうか、洗脳
・1954(昭和29)※3月、NHK大阪放送局がテレビ放送開始。同、福龍丸がビキニ環礁での水爆実験で被ばく、無線長の久保山愛吉さんが9月に死去。9月、青函連絡船「洞爺丸」が転覆沈没、死者・行方不明1155人。11月、わが国初の有料橋、鳥飼大橋竣工。12月、NHKラジオ(大阪)が「お父さんはお人好し」の放送を開始、高視聴率を維持し500回(昭和40年まで)続く。
<この年の流行語>スポンサー、ロマンスグレー、死の灰、戦力なき軍隊、
・1955(昭和30)
3月、今井6代目、今井清三が同志社大を卒業、4月、「御蕎麦処 今井」に入社。この年、グリコの2代目ネオン塔が完成。1943年(昭和18)、鉄材供出で初代が撤去されてから7年ぶりの再建。高さは21・75メートルと、初代より一回り小さくなったが、砲弾型の下に特設ステージがあるユニークなデザインだった。また同年、道頓堀で最初の映画上演中心の劇場に転向した「朝日座」が、「道頓堀東映」と改称。 ※1月、競馬、競輪の平日開催が禁止に。2月、人形浄瑠璃文楽が重要文化財に指定。5月、50円、1円硬貨発行。同5日、大阪市役所屋上に「みおつくしの鐘」が取り付けられる。子供たちの健全な成長を願う募金運動で集まった300万円余で作られた。10月、第8回国勢調査、大阪市の人口254万人、府は461万人。11月、民主党と自由党が合同し、自由民主党を結成。
<この年の流行語>頼りにしてまっせ、兵隊の位でいうと
・1956(昭和31)
1月1日、文楽座が四ツ橋から道頓堀・弁天座跡に新築移転。
12月、「御蕎麦処 今井」を法人化し、「株式会社 今井」を設立。資本金は100万円。代表取締役社長に今井5代目の今井寛三、取締役副社長に妻の今井マチ子、同専務に6代目の今井清三、監査役に寛三の長女、宏子の夫である十菱福太郎がそれぞれ就任。
※2月、出版社による最初の週刊誌「週刊新潮」創刊され、週刊誌ブームのきっかけに。それまで主流だった新聞社系週刊誌が反比例して衰退。6月、桜之宮公会堂と、隣接の泉布観が重文に指定。前年下期以来の「神武景気」が最高潮。10月19日、鳩山首相が訪ソ、日ソ共同宣言に署名、これで両国間の戦争状態が終結し、外交関係が樹立される。同28日、通天閣(高さ103m)が再建され、開業。入場料は大人50円、子供30円(コーヒー代20円、ラーメン30円の時代)だった。11月1日、地方自治法が改正され、人口50万人以上の大阪、京都、横浜、神戸、名古屋の五都市が政令指定都市となる。同月に大阪コマ劇、12月に東京コマ劇が開場。12月、大阪テレビ放送(現朝日テレビ)開局。同月、日本が国連に加盟。船舶建造高、世界一位に。
<この年の流行語>太陽族、戦中派、もはや戦後ではない、ドライ、ウエット、マネービル、
・1957(昭和32)
12月、今井6代目、今井清三が㈱今井の代表取締役社長に就任。
※4月10日、主婦の店「ダイエー」一号店が京阪・千林駅前に開店。同月、三代目林家染丸を会長に「上方落語協会」結成。6月26日、台風5号により記録的な集中豪雨。総降雨量293ミリ、死傷者18人、床上浸水2万2000戸、床下浸水9万戸。大阪、堺両市などに災害救助法適用。10月、5000円札発行。なべ底景気到来。12月、なんば地下街「ナンバ地下センター」(後の「なんなんタウン」)開業、戦後大阪の地下街第一号だった。
<この年の流行語>神武景気、なんと申しましょうか、低姿勢、よろめき、一億総白痴化、ケセラセラ、ストレス
・1958(昭和33)
1月、㈱今井の本社新社屋竣工。鉄筋コンクリート3階建て、その後4階を増築。1階が店舗、3階が事務所、4階は麺打ち場と住み込み従業員のスペース。1~3階の南側を自宅スペースとした。
この年、「御蕎麦処 今井」の新装開店と同時に、来店した文化人や芸能人ら知名人に記念のサインをしてもらう「今井帖」を店に置く。洋画家、鍋井克之がその一冊目に墨書きで「今井帖」と記したのがきっかけで、これに署名するのが著名人の慣わしになり、中座の火災があった2002年(平成14)まで続いた。服部良一、二代目中村鴈次郎、桂米朝、桂枝雀、水上勉、難波利三、十三代目片岡仁左衛門、笠置シヅ子、若山富三郎、田宮二郎、横山ヤスシ、海老原博幸、福本豊ら約600人の名が並び、全部で19冊に及ぶ。サインだけでなくイラスト、即興の言葉を連ねることも多く、桂米朝は「法善寺ぬけて帰ろう はるの雨」の自作を残し、桂枝雀は「雀百まで笑い忘れず」と記した。
10月12日、今井の6代目、今井清三が高野道子と結婚。
※3月、市内に自動車があふれ、それらが鳴らす警笛で騒音のるつぼとなっているのを見かねた市長の提案で「町を静かにする運動」がスタート。自動車の警笛騒音追放に重点を置いた運動は効果を上げ全国的な運動に。合わせて神風タクシー追放の運動も。4月、売春防止法施行。5月、大阪府の人口が初めて500万人(推計500万5580人)を超える。10月、難波駅前に新歌舞伎座開館。跡地は千日デパートに。12月、一万円札発行。同、東京タワー完成
<この年の流行語>いかす、シビれる、団地族、ながら族、オートメ
・1959(昭和34)
3月、道頓堀川を含む西大阪臨海地帯で進められてきた西大阪防潮堤が完成。1947年(昭和22)に開始されて以来12年ぶりのこと。防潮堤は延べ124㌔におよび、総工費142億円。
11月28日、今井の7代目、今井徹が誕生。
この年、角座が漫才の小屋に。大劇場が演芸の小屋になった最初。
※2月、100円(稲穂)、50円、10円(ギザなし)の硬貨発行。3月1日、毎日放送がテレビ放送開始(ラジオ放送は1951年にニッポン放送としてスタート)。4月10日、皇太子、美智子様とご結婚、ミッチーブーム。同、千里ニュータウンの建設が決定、昭和37年11月に町びらき。9月26日、伊勢湾台風、死者行方不明者5098人。10月、プロ野球日本シリーズで南海ホークスが初優勝。岩戸景気。この年、心斎橋筋のアーケード完成。
<この年の流行語>岩戸景気、カミナリ族、曲がり角、がめつい、消費は美徳
・1960(昭和35)
12月、㈱今井の資本金を300万円に増資。
この年、「蕎麦処 今井」の入口右側に岸本水府の川柳「頬かむりの中に日本一の顔」の句碑が置かれる。大阪の政財界人、芸能人らが水府を会長にして創設した「川柳二七会」が創立一周年を記念して基金を募り、完成させたもの。女優、中村玉緒が除幕した。
※1月、日米安全保障条約調印、6月に発効。同、民社党結成。6月、反安保闘争で全学連のデモが国会に突入、女子学生(樺美智子)が死亡。9月、政府が国民所得倍増計画を発表。10月、社会党委員長、浅沼稲次郎が演壇上で右翼少年に刺殺される。
<この年の流行語>声なき声、私はうそを申しません、所得倍増、低姿勢、リバイバル
・1961(昭和36)
この年、道頓堀で歌舞伎が一度も上演されず。上方歌舞伎の危機の時代。
※1月、ケネディー、米大統領に就任。2月、嶋中事件。3月、東区法円坂がかつての難波宮跡と確認。昭和29年に発掘調査が開始されて以来のこと。4月、大阪タイガースが阪神タイガースと改称。同、大阪環状線の西九条・天王寺間が開通し、全線での電車運転開始。環状運転は1964年(昭和39)3月。9月、第二室戸台風、高潮により西大阪臨海地域の河川が氾濫、家屋の全壊297戸、床上浸水5万1491戸。
<この年の流行語>レジャー、プライバシー、不快指数、トサカにくる、女子学生亡国論
・1962(昭和37)
8月19日、13代目片岡仁左衛門が「朝日座」を舞台に歌舞伎を自主公演。松下幸之助ら財界の理解と支援を得たもので、「仁左衛門歌舞伎」といわれた。この動きにより上方歌舞伎は存続への命脈を保った。1967年(昭和42)まで計5回行われ、二代目沢村藤十郎の「関西で歌舞伎を育てる会」による自主公演につながっていく。
※5月、阪神高速道路公団発足、10月から阪神高速道路の建設に着手。6月、わが国最長の北陸トンネル(13.87㌔)開通。8月、堀江健一が単身、小型ヨットで太平洋横断に成功。10月、東京都の常住人口が初めて1000万人を超える(大阪府597万人)。同、キューバ危機。12月、戎橋筋アーケード完成。この年、前年からの設備・生産過剰が見られて、引き締め政策がとられたため、大阪経済は不況に見舞われる。この年の工業生産を見ると、大阪工業のトップにあった繊維が電気機械器具にとってかわられた。
<この年の流行語>スイスイ、バッチリ、無責任時代、交通戦争
・1963(昭和38)
1月、松竹が文楽から撤退。大阪府・市、文科省などの支援で財団法人文楽協会が発足し、松竹に変わって文楽の運営母体となる。これを機に、待遇問題を巡り戦後ずっと内部対立を続けてきた文楽界が再統一され、4月に入って道頓堀・文楽座での第一回公演にこぎつけた。
8月、道頓堀の「文楽座」が「朝日座」と改称。
この年、グリコの3代目ネオン塔が完成。噴水ネオン塔のデザイン。
※4月、大阪駅前に、わが国初の横断歩道橋完成。6月、黒四ダム(ダム高186m)完成。9月、松川事件再上告棄却、被告17人全員の無罪が確定。11月22日、ケネディー米大統領暗殺。同29日、梅田の地下街「ウメダ地下センター」(現ホワイティ梅田)開業。12月、東京・赤坂の高級ナイトクラブ「ニューラテンクォター」で、常連客のプロレスラー、力道山が暴力団組員に刺殺される。
<この年の流行語>バカンス、小さな親切、鍵っ子、丈夫で長もち、ちーとも知らなかった、三ちゃん農業、
・1964(昭和39)※3月、早川電気(現シャープ)が、トランジスターを用いて世界初の卓上電子計算機を開発。9月、地下鉄、梅田-新大阪間が開通。10月、東海道新幹線開業、東京-新大阪が4時間(1年後に3時間10分)。同月10日、東京オリンピック24日まで。11月、公明党結成。
<この年の流行語>おれについてこい、根性、ウルトラⅭ、みゆき族
・1965(昭和40)
1月1日、安井道卜の12代目、安井朝雄氏が、国、大阪府・市を相手取り、「道頓堀川の河川敷地を安井家の所有地と認めよ」と大阪地裁に提訴(道頓堀裁判)。1976年(昭和51)10月19日、原告敗訴の判決、一審で確定。
8月6日、川柳誌「番傘」の創始者で、「頬かむりの中に日本一の顔」の句でも知られる岸本水府が死去、73歳。
※3月、山陽特殊鋼倒産、負債が480億円と戦後最大。7月、名神高速道路全通。谷崎純一郎死去、79歳。10月1日、中之島地下街開業。同月、大阪市の人口315万人。10月、プロ野球日本シリーズで巨人が優勝、以後9年連続で日本一に。12月、阪神高速の道頓堀-梅田間が開通、高速道路の大阪都心縦貫が始まる。
<この年の流行語>期待される人間像、マジメ人間、やったるで、
・1966(昭和41)※1月、いざなぎ景気到来(57か月)3月、日本の人口が一億人を突破。5月、釜ヶ崎で暴動、8月には東京・山谷でも。7月1日、堂島の地下街「ドージマ地下センター」開業。3Ⅽ時代(カー、クーラー、カラーテレビ)が到来。
<この年の流行語>襟を正す、マッチポンプ、まあいろいろあらあな、生きがい
・1967(昭和42)
10月、道頓堀川改修工事が完成、両岸にグリーンベルトができる。※1月、100円(白銅、桜)、50円(白銅)硬貨発行。4月、サントリーが初の瓶詰生ビール「純生」を発売。6月、自動車の保有台数、1000万台を突破、この年、日本の自動車生産台数が世界2位に。
<この年の流行語>ヒッピー族、未来学、核家族、順法闘争、ボイン、カッコいい、核家族
・1968(昭和43)※5月、初のレトルト食品「ボンカレー」(大塚食品)発売。7月、郵便番号制スタート。10月、川端康成がノーベル文学賞。11月、阿倍野の地下街「アベノ橋地下センター」(現あべちか)開業。12月、東京・府中市で3億円事件(昭和50年に時効成立)。
<この年の流行語>拒絶反応、ハレンチ、昭和元禄、ニクソンショック、ゲバ棒、ノンポリ
・1969(昭和44)
12月、難波地下街・虹の街に㈱今井の「虹の街店」が開店。今井の支店第一号。
※3月31日、昭和35年から撤去が始まっていた大坂市電がこの日限りで消えた。1903年(明治36)に我が国初の公営路面電車として登場して以来65年でその幕を閉じた。5月、東名高速道路全通。プッシュホン登場。7月、アポロ11号、月面軟着陸に成功、人類が初めて月面に立つ。10月、ソニー、松下電器が家庭用ビデオの発売を発表。11月、「川のあるまち」「滝のあるまち」をキャッチフレーズに二層の地下商店街を構成しつつエリア内に人口の川、滝、泉を配した「阪急三番街」が開業。12月、地下鉄堺筋線(天六-動物園前)完成、阪急と相互乗り入れ。この年、「いざなぎ景気」顕著。
<この年の流行語>造反有理、水平思考、疎外、エコノミックアニマル
・1970(昭和45)※2月、東大宇宙航空研が国産人工衛星の打ち上げに初めて成功。3月15日、千里丘陵で大阪万国博開催、77か国が参加、9月13日までの183日間の入場者は6421万8770人。3月6日、なんばの地下街「虹のまち」(現なんばウオーク)開業。同月、天満橋が既存の橋上に自動車バイパスを付けた、わが国初の本格的二層橋となる(天満重ね橋)。4月、天六ガス爆発事故、死者79人、負傷406人と、日本で最悪のガス爆発事故。6月、日米安保条約自動延長。8月、美人女子プロボウラー、中山律子がテレビ中継試合で女子初のパーフェクトを達成、以後、ボウリングが大流行。11月、三島由紀夫が東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地でバルコニーから自衛隊員に決起を促したのち割腹自殺。
<この年の流行語>ハイジャック、リブ、スキンシップ
・1971(昭和46)※6月、沖縄返還協定調印。7月30日、全日空ボーイング機と自衛隊機が秋田・雫石町上空で衝突、162人死亡、わが国最大の航空機事故。8月9日、大阪で初めて光化学スモッグ発生。同14日、ニクソンショック、米が金ドル交換停止を発表、直後の27日、円が変動相場制に移行。 10月、中国の国連復帰決まる。株価、史上最大の暴落。円、変動相場制に移行。
<この年の流行語>ドルショック、ノーカー運動、三角大福、頭ごし、ごみ戦争
・1972(昭和47)
この年、グリコの4代目ネオン塔が完成。陸上トラックを点滅させ、ランナーに躍動感を持たせるデザイン。しかし、1996年(平成8)1月には隣接するビルの改装工事に伴って消灯、撤去された。※1月、グアムで元日本兵・横井庄一さん発見。2月3日、札幌オリンピック、13日まで。同19日、連合赤軍による浅間山荘事件。3月15日、山陽新幹線が岡山まで開通。同16日、大坂万博跡地にエキスポランド開園。同26日、高松塚古墳で極彩色壁画発見。4月、川端康成自殺。5月13日、千日デパートビル火災、死者108人を出す惨事に。同15日、沖縄復帰、沖縄県復活。6月、田中角栄の「日本列島改造論」が世に出る。9月、田中首相が訪中、日中国交正常化なる。
<この年の流行語>恍惚、知る権利、未婚の母、知る権利、同棲時代、日本列島改造、ナウ
・1973(昭和48)※1月、ベトナム和平協定、正式調印。8月、金大中事件。10月、第4次中東戦争。この影響で石油価格がわずか3カ月で4倍にも高騰し、豊中市、尼崎市のスーパーマーケットでオイルショックによる洗剤・トイレットペーパーの買占め騒ぎ。これをきっかけに買占めの動きが全国に波及。
<この年の流行語>ちょっとだけよ、ぐうたら、ユックリズム、日本沈没
・1974(昭和49)※3月、ルバング島で元日本兵・小野田寛郎さん発見。7月、大阪市に淀川、鶴見、住之江、平野の4区が誕生、22区から26区に。8月、梅田の地下街「プチシャンゼリゼ」(星の広場、現プチ・シャン)が開業。11月、フォード大統領が来日。12月、佐藤栄作がノーベル平和賞受賞。不況型倒産が17000件を超え、戦後最高の倒産。
<この年の流行語>金脈、便乗値上げ、超能力、晴天のへきれき、超能力
・1975(昭和50)
2月11日、藤山寛美らの手で「中座」前に喜劇碑「曾我廼家劇発祥之地」建立。1999年(平成11)の中座閉鎖で「松竹座」前に移される。
7月26日、道頓堀通りが「ガーデンロード」に。道路中央に街灯、噴水、ベンチなどを配して文字通り「お庭のような通り」としたもの。1978年(昭和53)に全線で完成したが、83年(同58)には「道が狭くなり、通行の邪魔になる」として取り除かれ、その後は、街灯とその直下を丸く囲んだベンチのみの施設となる。
12月、大正期に新国劇の創設者、沢田正二郎らが始めたとされる剣劇(別名ちゃんばら劇)が「朝日座」で復活公演。
※1月、石油危機以来の不況深刻、人員整理、一時帰休、退職希望者募集、管理職指名解雇などの対応策と、前年秋の採用内定者を取り消す企業が続出。3月、新幹線岡山‐博多間開通。4月、ベトナム戦争終結。5月、エリザベス英女王が来日。9月、天王寺動物園で初めての「ライガー」誕生。11月、大阪国際空港公害訴訟控訴審判決で大阪高裁が午後9時以降の発着を禁止。ベルばらブーム、紅茶キノコブーム。
<この年の流行語>赤ヘル、わたし~する人あなた~する人、ひとつの時代が終わった。
・1976(昭和51)
12月21日、今井5代目、今井寛三が胆のうがんのため死去、80歳。※1月6日、平
安神宮本殿全焼。同31日、鹿児島で五つ子誕生。3月、大阪にプッシュホン公衆電話初登場。5月8日、植村直己が北極圏単独犬そり旅行に成功。同25日、東海道新幹線の輸送人員がこの日で10億人を突破。7月、ロッキード事件で田中角栄ら逮捕。この年、戦後生まれが総人口の半数を超える。
<この年の流行語>ぜんぜん記憶にございません、欠陥マンション、
・1977(昭和52)
11月、当時の歌舞伎役者が総出演する「仮名手本忠臣蔵」が東西の劇場で競演されることになり、西の舞台に「中座」が選ばれる。東は「歌舞伎座」。※6月、シャープが世界で初めて厚さ5ミリの電卓を発売。9月3日、プロ野球の巨人・王貞治が756本塁打の世界新記録を達成し、国民栄誉賞受賞第一号となる。同28日、日本赤軍がボンベイ上空で日航機をハイジャック、引き換えに国内拘留中の6人を超法規的措置で釈放。11月、男性の平均寿命が72.69歳で世界一に、女性は77.75歳でスウエーデンと並ぶ。同15日、万博跡地に国立民族学博物館完成。
<この年の流行語>円高差益、翔んでる、ルーツ、魚ころがし
・1978(昭和53) ※1月、3年前の国勢調査で、大阪都心部における昼夜の人口差が著しく拡大、夜のゴー-スト化が深刻と判明。2月に建築資材の大手「永大産業」が、4月に石津健介デザインで一世を風靡した「VANジャケット」が倒産。4月、ファッションタウン、アメリカ村(南炭屋町)が人気を呼ぶ。5月、大阪市の人口(推計値)が、横浜市に抜かれ、全国3位に。同20日、成田国際空港開港。8月、日中平和友好条約調印。11月、「なんばⅭITY」開業。12月、2代目沢村藤十郎が大阪市や民労協の支援で歌舞伎の自主公演組織「関西で歌舞伎を育てる会」を結成。この年、インベーダーゲームが大流行
<この年の流行語>サラ金、嫌煙権、全方位外交、窓際族、不確実性の時代
・1979(昭和54)
5月2日、二代目沢村藤十郎が大阪市や民労協の支援で立ち上げた自主公演組織「関西で歌舞伎を育てる会」が、「朝日座」で第一回公演。これに合わせ、関西歌舞伎の船乗り込みが55年ぶりに復活した。2回目の公演からは舞台を「中座」に移して毎年7月に行われ、道頓堀に歌舞伎役者ののぼりが立ち並び、大阪の初夏の風物詩となった。1989年(平成元)まで、10回の公演が行われ、92年(平成4)には名称を「関西・歌舞伎を愛する会」と変え、今日にいたっている。
5月24日、今井5代目、今井寛三の妻、マチ子が内臓疾患のため死去、75歳。寛三の死からわずか3年。追うように逝った。
6月22日、道頓堀川に水質浄化用噴水装置「エアレーション」24基が設置され、夜には美しい光の変化を見せた。
※1月、三菱銀行北畠支店に梅川昭美が押し入り警官ら4人を射殺し、行員を人質に立てこもる。2日後に狙撃され逮捕後に死亡。2月、住吉大社のお田植え神事が重要無形文化財に指定。3月、EⅭの報告書に「日本人はウサギ小屋に住む」と記載される。米・スリーマイル島原発爆発事故。6月、カーター米大統領ら来日、東京サミット。10月、韓国の朴正熙大統領、側近に射殺される。
<この年の流行語>省エネ、省資源、公費天国、ウサギ小屋、地方の時代
・1980(昭和55)※日本も78年ぶりの冷夏で米が大不作。6月12日、巨人の王貞治が広島戦で850本塁打を達成、このシーズンで現役引退。同日、大平正芳首相(70)急死。22日の衆参同時選で自民圧勝(衆院は自民284、社会107、公明33、民社32、共産29、新自ク12、社民連3、参院は自民69、社会22、公明12、民社6、共産7)。7月1日、滋賀県琵琶湖富栄養化条例施行、リンを含む合成洗剤の追放が進む。同5日、厚生省は日本人の平均寿命が男73.46歳(世界1位)、女78.89歳(同2位)と発表。同19日、モスクワオリンピック、日本は米、西独などとともにボイコット、不参加。9月、イラン・イラク戦争。この年、自動車生産台数が過去最高の1000万台を突破、アメリカを抜き世界第一位。
<この年の流行語>それなりに、粗大ごみ
・1981(昭和56)※2月、海上都市「神戸ポートアイランド」完成、このエリアを走るわが国初の新交通システム「ポートライナー」開業。3月、神戸ポートアイランド博(ポートピア81)開幕、9月15日までの期間、1600万人が入場。10月、当用漢字に変わる「常用漢字」(1945字)を内閣告示。このころ、テレビで漫才ブーム。オール阪神・巨人、今いくよ・くるよ、横山やすし・きよしらが人気を博した。
<この年の流行語>可愛い子ぶりっ子、ハチは一度刺したら死ぬ、熟年、ナウい
・1982(昭和57)
6月、映画「道頓堀川」(宮本輝原作、深作欣二監督、松坂慶子・真田広之主演)が公開される。※2月、前年暮れに園田競馬場で見つかったにせ5000円札が、この月から3月にかけて大阪市や東大阪、茨木市などのたばこ店、パチンコ店で相次いで見つかる。9月になって大分市営不燃物埋立地にせ札入りの麻袋34袋が見つかり同市内で犯人が逮捕。偽造札は未完成分を含め10億円分に上った。4月1日、500円硬貨(白銅)発行。同8日、大阪城築城400年を前に「大阪を、21世紀に向けた世界に貢献する国際・文化都市にしよう」と、自由・活力・創造を統一テーマとした「大阪21世紀協会」が発足。6月、東北新幹線(大宮‐盛岡)開業。7月、男の平均寿命が世界一の73.46歳、女は2位の79.13歳と厚生省発表。9月、国鉄大阪駅前の横断歩道に我が国初の「信号待ち時間表示装置」設置。11月、上越新幹線(大宮-新潟)開業。
<この年の流行語>ルンルン、いまい、なぜだ
・1983(昭和58)※3月、国立歴史民俗博物館開館。7月、ファミコン発売。同、NHKの連続テレビ小説「おしん」が視聴率60%(関東地区)。9月、ソ連が領空侵犯の大韓航空機を撃墜、日本人28人を含む269人が行方不明。10月1日、大阪築城400年祭り、入場者532万人。同6日、第一回御堂筋パレード開催。同12日、東京地裁がロッキード事件(丸紅ルート)で田中角栄に実刑判決、11月、レーガン米大統領来日。
<この年の流行語>おしん
・1984(昭和59)
3月20日、国立文楽劇場が開場、初公演。それまでの「朝日座」が幕を下ろす。※3月、大阪市営地下鉄で全駅が自動改札に。同18日、「かい人21面相」を名乗るグループが食品企業を次々脅迫(グリコ森永事件)、脅迫は1年5カ月にわたった。6月、厚生省、日本が世界一の長寿国と発表。10月、柔道の山下泰裕に国民栄誉賞。11月、1万円、5000円、1000円の新札発行。
<この年の流行語>オシンドローム、鈴虫発言、まるきん、くれない族
・1985(昭和60)
6月、㈱今井の二つ目の支店「東京西麻布店」が東京・西麻布に開店。
7月28日、今井7代目、今井徹が米・カリフォルニア州立大フレズノ校を卒業して帰国し、8月1日には法善寺の「喜川」(店主・上野修三さん)で住み込み修業を開始。当時の月給は40000円。2年目は45000円。
10月、㈱今井の支店第一号店「虹の街店」を閉店。
※4月、NTT、JTが発足。5月、見本市開場「インテックス大阪」開場。男女雇用機会均等法成立。6月、豊田商事事件。8月、三光汽船が会社更生法の適用申請、負債総額5200億円で、戦後最大の倒産。日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落、520人死亡。
<この年の流行語>分衆、パフォーマンス、NTT、キャバクラ、イッキ!イッキ!
・1986(昭和61)
9月、大坂城内のホテルニューオータニ地下1階に、㈱今井の「ホテルニューオータニ大阪店」開店。11月、「中座」が新装開場。※4月、60歳定年法が成立。同、大坂ビジネスパーク(ОBP)の「ツイン21」オープン。同、ソ連・チェルノブイリ原発で爆発事故。5月、東京サミット。7月、天皇在位60周年記念の10万円金貨発行。10月、NTT株売出し、1株119万7400円。
<この年の流行語>究極、激辛、ファミコン、家庭内離婚、新人類
・1987(昭和62)
8月、今井徹が「喜川」での修行を終え、「御蕎麦処 今井」に入社。この年の秋、「(株)今井」食材納入業者など取引のある約60社で親睦組織「今井会」を作る。※2月に鶴田浩二(62)、7月に石原裕次郎(52)死去。3月、メルボルン・大阪ダブルハンドヨットレースがスタート。4月、国鉄が分割民営化、JRが発足。6月、プロ野球広島の衣笠祥男に国民栄誉賞。8月、天王寺博覧会開幕、入場者247万人。9月、大阪国際交流センター開館。
<この年の流行語>マルサ、JR、第二電電、サラダ記念日、朝シャン
・1988(昭和63)※3月、世界最長の青函トンネル開通(53.85㌔)。4月、世界最長の瀬戸大橋開通(⒔1㌔)。7月、リクルート事件発覚、戦後最大の贈収賄事件に。
<この年の流行語>ペレストロイカ、ハナモク、トマト銀行、カイワレ族
・1989(昭和64)※1月7日、昭和天皇崩御、平成と改元。